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東京高等裁判所 昭和45年(ラ)120号 決定

抗告人兼相手方(第一審相手方) 鈴木光男

抗告人兼相手方(第一審申立人) 長阪正夫

主文

原決定を取消す。

第一審申立人が第一審相手方から譲受けるべき別紙目録〈省略〉記載の株式の価格を一株につき金四百九拾八円弐拾銭と定める。

理由

第一審申立人及び第一審相手方の抗告の要旨は、いずれも「原決定を取消し、さらに相当の裁判を求める」というのであり、その理由はそれぞれ別紙抗告の理由記載のとおりである。

当裁判所の判断は以下のとおりである。

一、第一審相手方の抗告理由について。

第一審相手方の抗告の理由とするところは、静岡マツダ株式会社(以下静岡マツダという)の昭和四三年一〇月二六日当時における株式の価格は、実際は一株につき二、〇〇〇円が相当であるのに、原決定が、不当な原審鑑定人桑本真八郎の鑑定(以下、桑本鑑定という)の四九八円二〇銭という評価と同内山市栄の鑑定(以下、内山鑑定という)の一、〇八六円四一銭の評価との間をとり七五〇円と定めたのは不当である、というに帰する。

おもうに、商法第二〇四条の四の規定により、裁判所が、指定された先買権者において株式売渡の請求をした時(本件では昭和四三年一〇月二六日)における株式の売買価格を決定するには、会社の資産状態その他一切の事情を斟酌してできうる限り客観的に適正な価格を定めるべきであるが、その際、会社の資産については貸借対照表上の評価額だけでなく、清算価格をも斟酌するのが妥当である。しかし、このことから売買価格の決定に当つて内山鑑定が取入れた解散価値法による評価方法を常に至当するものと解すべきではない。通常、株価形成の要因としては、当該会社の配当率、収益力、資産内容は勿論、収益の成長性、安定性、当該会社自身及び同種企業の株式市場における人気の高低、浮動株の多寡及び株式の市場性(流動性)の強弱等を挙げることができる。かような観点に立つて、株式価格を算定する基本的な方法として、類似会社比較法(事業内容、営業規模などの面で当該会社と類似の会社一社以上を上場会社のうちから選び、収益力、配当水準、資産内容などの比較を通じて当該会社の株価を算定する方法)、収益還元法(当該会社の将来の或る時点を選び、損益状態及び財務状況を推定して、その時点における株価を試算し、この試算株価を一定の利率による複利計算で割引き、逆算して問題の時点における株価を算定する方法)及び解散価値法(当該会社が解散するものと仮定し、その所有不動産を全部売却した際に生ずるであろう売却益(売却価額と帳簿価格の差額から売却費用を差引いたもの)、債権の回収不能見込額及び退職金その他の未発生債務などを加減して株主分配金を試算し、これを基礎として株価を算定する方法)が採用されている。類似会社比較法は、通常収益力に関連するものとして株価収益率、配当に関連するものとして利廻り、資産内容に関連するものとして株価資産倍率の三指標に重点を置くものである関係から、会社の営業成績が順調で黒字続きの会社の株価を算定するに適し、収益還元法は、会社の設立後日が浅く営業活動が本格化していない会社や、業績が悪く無配当続きであるが再建計画が立てられ、その達成が確実視されているような、配当が安定的になされることが予想される会社の株価を算定するに適し、また、解散価値法は会社の業績が悪化し収益力の回復の見透しがつかないとか、なんらかの事情で近い将来解散が予定されているような会社の株価の算定に適する方法であるということができる。

ところで、本件記録によれば、静岡マツダは我国有数の大手自動車メーカーである東洋工業株式会社の製品の静岡県下全域を販売区域とする販売会社(デーラー)であつて、発行済株式の総数は九万株、一株の金額は五〇〇円、すなわち、いわゆる資本金四五〇万円の会社であるところ、その営業成績をみるに、昭和四〇年五月の決算期(決算期は五月と一一月の年二回)から同四四年五月の決算期までは昭和四二年一一月の決算期を除いて赤字が続き、昭和四三年一〇月二六日の直前の決算期末である同年五月末には当期欠損金六〇万九、五七五円、前期繰越欠損金四、七三六万七、六四七円であつて、累積赤字は四、七九七万七、二二二円に達していること、尤も、利益準備金七五〇万円と任意積立金六、一二五万円とがあるので、資本勘定は六、五七七万二、七七八円となり、資本金を二、〇七七万二、七七八円上廻つていること、しかし、前叙のようにその後も赤字が続いたため、昭和四四年五月の決算期においては累積赤字が一億一、三二三万四、三一七円となり、資本勘定は五一万五、六八三円に減少し、資本金を著しく下廻つていることが窺われる。かような事実に鑑みると静岡マツダの株価算定方法としては、類似会社比較法を純粋な条件で採用することは殆んど不可能に近いことは明らかであつて、むしろ、解散価値法によるべきであるかのように思われないでもない。しかしながら、さきにみたように、静岡マツダは、我国有数の自動車の大手メーカーである東洋工業株式会社の販売会社で、しかも、いわゆる東海道ベルト地帯に属する静岡県下の全域を販売区域としている地の利もあつて、赤字続きとはいいながら乗用車及び軽車輛部門が次第に成績を挙げてきているため、経営主脳部には会社解散の意向は全くなく、加うるに東洋工業側からの要請もあつたので各部門毎に再検討を加えた上、収益率を高め、赤字を解消して黒字とし、昭和四五年五月の決算期には一〇パーセントの配当を実現する五ケ年計画を建てている事実が本件記録から窺われるので、会社の解散を想定して解散価値法によつて株価を算定するのは妥当でない。しかるところ、内山鑑定は解散価値法に立脚するものであるのみならず、土地の評価も理由が附されていないためにその当否を判断することができないので、同鑑定を採用することは当を得ない。しかして、静岡マツダの営業状態及び五ケ年計画等を斟酌すると、桑本鑑定のとつた類似会社比較による収益還元法を採用するのが最も合理的であるといわなければならない。しかるところ、桑本鑑定は静岡マツダの五ケ年計画における昭和四九年五月の決算期を推定時点と定め、類似会社として東京証券取引所第二部に上場されている東京いすず自動車株式会社、東京トヨタ自動車株式会社及び伊藤忠自動車株式会社並びに名古屋証券取引所第二部に上場されている愛知トヨタ自動車株式会社の計四社を選び、収益力、配当水準及び資産内容等の比較検討を加え、さらに、市場性の欠除その他の点をも斟酌して静岡マツダの昭和四九年五月の決算期における試算株価を算出した上、これから逆算して昭和四三年一〇月二六日当時の株価を算定したのであり、同鑑定の理由も十分納得できる説明が加えられている。されば桑本鑑定の採用を不当とする第一審相手方の主張は失当たるを免れない。

二、第一審申立人の抗告理由について。

第一審申立人の抗告の理由とするところは、本件株価の決定については類似会社比較による収益還元法によつた桑本鑑定を採用すべきであり、同鑑定の評価額によるべきであるというに帰する。前叙のように当裁判所も本件株価の決定については桑本鑑定を採用するのが相当であると解するのであるから、同鑑定を採用すべきであるという第一審申立人の主張はその限度では正当であるといわなければならない。しかしながら、桑本鑑定は、昭和四三年一〇月二六日当時における静岡マツダの一株の価格を四九八円二〇銭と評価しているのであつて、第一審申立人のいう価格三八七円四〇銭は昭和四四年一〇月当時における評価であるから結局同人の主張も失当というべきである。

三、しかしながら、すでに説明したように当裁判所は桑本鑑定を採用すべきものと解するものであるが、同鑑定によれば昭和四三年一〇月二六日当時における静岡マツダの株式の一株の価格は金四九八円二〇銭と認められるから、第一審申立人が同相手方から譲受けるべき別紙目録記載の株式の価格は一株につき金四九八円二〇銭と定めるのが相当であつて、これを七五〇円と定めた原決定は不当であるといわなければならない。

よつて、原決定を取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 平賀健太 石田実 麻上正信)

別紙

第一審相手方の抗告の理由

一、原決定主文

申立人が相手方から譲受けるべき別紙目録記載の株式の価格を一株につき七五〇円と定める。

二、原決定の理由

第一、申立の要旨は次のとおりである。

申立人は、商法第二〇四条の二により、相手方が譲渡しようとする静岡マツダ株式会社の別紙目録記載の株式三、〇〇〇株について、同会社からその譲渡の相手方として指定された。

そこで、申立人は昭和四三年一〇月二六日相手方に対し同法第二〇四条の三第一項によつて自己に売渡すべき旨の請求をなしたが、相手方との間に売買価格について協議がととのはない。よつてその価格を求める。

第二、当裁判所の判断

(一) 商法第二〇四条の四によれば、裁判所は本件のような売買価格の決定に当つて、譲受けの請求をしたとき(本件では昭和四三年一〇月二六日)における「会社の資産状態その他一切の事情」を斟酌することを要する、とされている。

(二) ところで当裁判所は右売買価格を定めるについて二回にわたつて鑑定を行つた。

そのうち鑑定人内山市栄の鑑定によれば一株の評価額が一、〇八六円四一銭であり、鑑定人桑本真八郎の鑑定によれは一株の評価額が四九八円二〇銭である。

そして内山鑑定はもつぱら会社の資産状態にもとづいて評価し桑本鑑定はもつぱら会社の収益状況、将来の見通しにもとづいて評価したものである。

申立人は内山鑑定につき会社が解散するときの価値をもつて評価したものであつて本件の場合のように会社の経営権に変動がなく存続するときの評価としては誤りであると主張するが、前記商法第二〇四条の四は資産の清算価値をも考慮すべきものとしたと解すべきである。

(三) さらに本件資料によれば

(1)  会社は各地に相当の不動産を所有し、その価格は内山鑑定によれば六億円余であり、会社の資本金四、五〇〇万円に比し十数倍に及んでいる。それを帳簿価格によつて計算しても会社の純資産は一株当り七三一円になる(申立人が商法第二〇四条の三第二項によつて供託した額による)。会社はかなり多額の含み資産を有するというべきである。

(2)  会社は最近の決算において欠損を重ねている。株主に対し配当もない。しかし会社の長期計画によれば、五年以内に赤字を解消し、さらに一割程度の配当ができる状態まで業績を改善することになつていて、将来を期待できないわけではない。

(3)  最近において、会社の株式が売買された事例があり、その価格はいずれも一株五〇〇円(額面額)である。

(四) 上記の諸点をかれこれ考えると、会社の株価はほぼ両鑑定の中間あたり、一株について七五〇円と定めるのが相当である。

(五) なお、相手方は会社の営業権を評価加算すべきであるというが会社は東洋工業株式会社のデイラーとしてその支配下にあり、営業権なるものの実態が明らかでなく、その評価も困難である。

(六) よつて主文のとおり決定する。(費用については非訟事件手続法第二六条)

三、原決定の不当性

一、決定書第二の二、鑑定人内山市栄の鑑定による一株の評価額が一、〇八六円四一銭であるが、この評価額も総含み資産の四分の一以下の査定価格であり、正当性を欠くものであり、再検討を求める。

桑本真八郎の鑑定評価額四九八円二〇銭は、会社の収益状況、将来の見通しにもとづいて評価したものとの見解なれば、第二(三)(2) に記載されてくる如く将来性も期待出来るものである。

第二(三)(1) で明記されて明かな如く、不動産だけで六億円余であり資本金の十数倍に及んでいる。帳簿価格によつて計算しても、会社の純資産は一株当り七三一円である(申立人の商法第二〇四条の三第二項によつて供託した額による)。然るに額面の〇、五倍しか認められないのは余りにも不当である。従つて、此の純資産評価、加える事総含み資産の平等なる配分が本事件の如き場合の正しき見解であり、現実の資産の配分が株主に与えられる権利である。

第二(三)の(3) 最近において会社の株式が売買された事例でありますが、これは会社内の移動であつて、通常の売買価格ではありません。よつて本事件の評価の事例とは認められません。関係なきものである。

第二(四)の両鑑定の中間あたり、一株について七五〇円と定めるのが相当である。とありますが、鑑定そのものが正当性でないと再陳述してるのに、納得出来ない。

第二の(五)記載の営業権の評価は困難であり認められない様でありますが、現社会の通常の常識で各企業の販売営業権は認められてるが、仮にこれが認められなくとも、この決定価額は不当である。

前記の如き理由で私しの準備書面にて四回に渡り陳述申上た通り真実にもとづいて算定した一株当り二、〇〇〇円以上と云ふのが、正しく株主としての当然の権利配分を主調し再査定を求める。

第一審申立人の即時抗告の理由

一、鑑定人内山市栄の株価鑑定は所謂、解散価値によるものであるが解散価値を以て評価し得る場合は当該株式の売買により経営権が左右される場合でなければ適用されないものである。静岡マツダ株式会社は目下解散をなす意向更になく、また本件株式三、〇〇〇株の売買により経営権に消長を来したり解散する旨の意思決定を買取者側においてなし得る程の株数ではない。故に解散価値を以て株価を鑑定することは絶対誤りである。

しかも資産の評価も専門家の評価によらないものであり到底首肯できない。

二、さればかゝる場合、還元方式により配当実績からその配当を生んだ元本としての資本を評価しそれを一株の価格とする方法を妥当と信ずるが、本件の如く欠損会社においては将来配当実施可能の年度を合理的に算出しこれから還元して現在の一株の価格を逆算する等合理的なる方法によらねばならぬのである。

三、株式会社野村綜合研究所証券調査部桑本真八郎の株価鑑定の結果たる一株当り三八七・四円というのは正当な鑑定価格と信ずる。

四、先ず現下我国において株価鑑定について科学的、合理的な綜合鑑定をなしうる機構、調査資料、人材を擁しておる機関は野村綜合研究所を措いて他には存しない。

五、桑本鑑定者は「株価算定の方法論について」--本件については「収益還元法を採用せねばならぬ理由」を合理的に説明をなし且静岡マツダ株式会社の営業報告書(貸借対照表、並損益計算書)及長期五ケ年利益計画書に基き結論的に類似会社比較による「収益還元法」を採用し、比較対象会社の「株価収益率」「利回り」「株価資産倍率」を計算し前記会社の長期五カ年計画書で配当可能とする昭和四九年五月期の一株当り利益、配当率、一株当り純資産に計算値を当はめて株価を試算し一定利率で複利計算で逆算鑑定時点での株価を算定しているのでその説明は充分に理論的に首肯できるものであり衡平の観念にも合致する。

六、被申立人は右鑑定書前文に「営業報告書の正当性、長期五ケ年利益計算書の妥当性については検討を行つていない」という部分を把えて右鑑定結果の正当性を批判するものゝ如くであるが、営業報告書は複式簿記の原則に従つて記録され亦会計年度毎株主総会の承認をうけ且法人税の申告を通じて税務署長の審査を経ておるものでその正当性はいうまでもない。また長期五ケ年計画は前記営業報告書に基き過去の実績並会社の現況に鑑み科学的、合理的データーを基礎にして算定されたものであり近代企業はかゝる五ケ年計画乃至十ケ年計画の緻密なる係数なくしては絶対運営不可能なものであり、その数値は殆んど誤差を生ぜしめぬ程正確なものである。

故に鑑定人は敢てこの数値に対し検討を加えることなく鑑定数値を算出したものであり充分近代企業経営の実態を把握した処置であると敬意を表する次第である。

従つて検討を加えないということは絶対不正確を意味するものではない。検討するということは徒らに手続を延引し、不用の手間と経費を支出するだけの愚かな行為といわねばならない。

七、要は現下我国の最高権威の株価鑑定を素直に信頼することが最も正しいものと考えられる。

八、原決定は商法第二〇四条の四に「会社ノ資産状態其他一切ノ事情ヲ斟酌スルコトヲ要ス」と規定されてあることを根拠として資産の清算価値をも考慮すべきものとして会社は多額の含み資産を有するからこの点も考慮に入れ一株について七五〇円と定めたのであるが株式価格決定の根本的見解について誤謬があると確信するので即時抗告の趣旨記載の御裁判を仰ぎ度く本申立に及んだ次第であります。

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